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仙台地方裁判所 昭和30年(ワ)512号 判決

主文

被告は原告に対し金二〇万円およびこれに対する昭和三〇年一一月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを十分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は、原告において金五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

成立に争いのない甲第一号証、証人白井ひでの証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告(明治三四年八月二〇日生れ)は、大正一二年一〇月二六日訴外白井ひで(明治三五年五月一〇日生れ)と法律上の婚姻をし、両者間に三男五女をもうけ、大過ない夫婦生活を営んで来たことが認められる。

そこで、被告の不法行為の成否につき判断するに、原告の全立証をもつてしても、被告、白井ひで間に原告主張のような情交を遂げた事実を肯認するに足らない。したがつて原告の右主張は理由がない。

しかしながら、被告の立証をもつてしても未だ強迫、欺罔により作成されたものであることを認めるに足らず、かえつて証人白井政次、白井ひでの証言により白井ひでの自由意思によつて真正に成立したと認める甲第五号証、証人土井かつ子、白井政次、池田いそ、白井ひで、白井幸一、白井みよの各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、被告は、昭和三〇年二月ころ、白井ひでが金借りに訪れた際、同女が近所に居住する原告の妻であることを十分知りながら、「それ程金が必要なら自分の自由になれ、金でも米でも貸す。」などと言つて情交を迫つたが、同女に拒絶され、その後同年五月一四日午前八時三〇分過ころ、被告方居宅東方近くの畑でとうもろこし苗の移植に従事していたくしをに対し「聞きたいことがあるからうちの小屋の前まで来てくれ。」と口実をもうけて同女を呼び寄せ、被告方馬小屋と棟続きの物置小屋内に同人を連れ込み、情交をいどみ、折り重なりまさに情交を始めようとしたおり、たまたま同所に来合せた被告の妻訴外池田いそに発見され、邪欲を遂げるに至らなかつたことが認められる。証人池田いそ、白井ひで、池田はま、池田三郎、被告本人の各供述中前認定に反する部分は信用し難く、証人小野喜久見の供述をもつてしても前認定を左右するに足らない。してみれば、被告は、右所為に因り、原告の妻女を誘惑し夫権即ち妻くしをに対し貞節を要求し得る権利を侵害したものというべく、これによつてこうむつた原告の精神上の苦痛を慰藉すべき義務がある。

そこで慰藉料の額について考えるに、原告がその主張のような離婚訴訟を提起したこと。被告は大正三年一〇月一日池田いそと婿養子縁組をし以来農業に従事し、原告主張のような名誉職を勤めたことについては当事者間において争いがない。しかして成立に争いのない甲第二号証、証人白井よりの証言により原本の存在およびその成立が認められる甲第一二号証、証人土井かつ子、池田いそ、白井ひで、中条希詮、池田はま、雫石広吉、白井やよい、阿部ゆき、白井幸一、白井みよの各証言並びに原、被告各本人尋問の結果を総合すれば、前記事実を現認した池田いそは、その後同人宅を訪れた訴外土井かつ子に対し、前記情事の直前同人が被告方に豆買いに立ち寄つていたこと並びに被告も情事の相手は土井かつ子であるなどと言つていたことから、これを詰問したところ、同人は身の潔白を証明するため心当りの女を調査するなどの行為に出、また、池田いそも前記情事を他にもらすなどして、右事実は部落民に流布されていつて。そのうちに相手の女はひでであるといううわさが原告の耳に入り、妻の潔白を信じていた原告は、これに憤慨し、同年七月土井かつ子外二名を名誉毀損で告訴した。その後原告はうわさが真実であることが判明し告訴を取り下げたが、逆に土井かつ子らから原、被告、くしをの三名を名誉毀損で告訴すると騒ぎ立てられるなどして紛争が大きくなつて来たので、原告は、同年秋くしををその生家に帰し、遂に事実上離婚の状態にたち至り、現在当庁に離婚訴訟を提起している。なお、ひでをは松島町所在の旅館に住込女中として勤務している。

原告は、酒を好むけれども、悪い評判もなく、近隣では人格者として扱われ、長い間妻ひでを信じて暮らして来たが、前記情事を知るにおよんで非常に大きな精神的打撃をこうむつた。他方被告(明治二一年一〇月二六日生れ)は、妻いそがありながら、数度にわたり女関係で問題を起すなどして素行がよくないこと。以上の事実を認めることができる。証人池田三郎、被告本人の各供述中前認定に反する部分は信用しがたい。以上の事実に、くしをにも一半の責任があつたとはいえ、被告が、自ら主張するように相当の社会的信用、名誉を保持し分別ある年令に達しながら、相互に協力扶助してゆかなければならない隣近所の人妻をして前記情事を生ぜしめ、よつて、前記の如く原告の夫権のみならずその社会的信用、名誉を失墜せしめるに至つたことは相当重大な責任があるといわなければならない。

被告は「被告は相当の社会的地位があり、かつ、老弱、婦女子と戯れる能力を欠如し、原告の悪宣伝を排除し身の潔白を立証した。」と主張し、被告がかつて幾多の名誉職等に就いたことは前記争のない事実であり、また、本件乱行当時既に老令に達していたことは被告本人の供述によつて明らかであるけれども、その余の事実は被告の全立証をもつてしてもこれを認めるに足らず、かえつて証人白井みよの供述によれば、被告は、年がいもなく女色をあさり、近隣の妻女を犯すこともしばしば、老いてなお昔日の面影を失わないことを認めるに必しも難くない。

しかして、成立に争いのない甲第三号証の一、二、三、第四号証の一、二、第九号証、証人白井幸一、伊藤政治の各証言並びに原被告各本人尋問の結果を総合すると、被告は、尋常小学校四年修了後、前記のように池田いそと婿養子縁組をし、家旅七人、雇人一人をかかえ、田地二町二反一五歩、畑地二反一畝一二歩、山林二町七反六畝二三歩、原野六反八畝一三歩、宅地二五四坪、居宅一棟外作業室など八棟を所有し、中流の上の生活をしている。他方原告は、尋常高等小学校高等科二年卒業後一時宮城県農業会技術員を勤めたが、現在農業に従事し、家族一一人(妻くしを除く)をかかえ、田地一町九反二四歩、畑地五反三畝八歩、山林三町四反五畝二五歩、宅地三五〇坪二合一勺、居宅二棟外物置など七棟を所有し、外に小作地七反歩を耕作、年収約四〇万円を得ていることが認められる。証人池田はま、白井幸一、池田三郎、被告本人の各供述中前認定に反する部分は信用しがたく、また、前顕採用の証拠に照し乙第四号証は採用しない。もつとも成立に争いのない甲第一〇、一一号証、証人阿部信治の証言、右証言により真正に成立したと認める甲第六号証、真正に成立したと推定される甲第七号証、原告本人尋問の結果を総合すれば、原告は、昭和三〇年度において、相当の労働力を雇い入れ、また、農業生産においてもある程度の減収を来たしたことが認められるけれども、原告の全立証をもつてしても、右損害が被告の前記不法行為と因果関係を有するものとは認められない

以上の諸般の事情を斟酌して、原告のこうむつた夫権侵害による精神的損害は金二〇万円をもつて賠償され得るものと認められるので結局原告の本訴請求は、被告に対し、金二〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であること記録上明かな昭和三〇年一一月二六日から完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条を仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川毅 佐藤幸太郎 金子仙太郎)

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